小売業のリスクと必要な法人保険の種類を解説

小売業は、従業員や来店客を含めて多くの人が関わる業態です。

1店舗のみの営業なら、オーナーが目を光らせていればリスクが発生する確率は低く抑えられるでしょう。

しかし、テナントに入って営業したり店舗数を増やしたりすると、全てに行き届いたリスク管理は難しくなります。

そのためリスクを未然に防ぐための対策やマニュアルを運用するとともに、もし発生した際には法人保険から補償を受けられるようにしておくことが大切です。

そこで今回は小売業の抱えるリスクや必要な法人保険の種類、補償内容をご紹介しますので、検討の参考にしてみてください。

リスクは以下4つに分類して見ていきましょう。

  1. 「従業員」のリスク
  2. 「財物」のリスク
  3. 「利益減少」のリスク
  4. 「賠償・危機管理」のリスク

目次

「従業員」のリスクと法人保険

小売業で働く従業員のリスクは主に事故やケガになります。事故やケガの発生するポイントとリスクをカバーするための法人保険を見てみましょう。

通勤途中の事故やケガのリスク

小売業で働く人のリスクで多いのは、通勤途中の事故やケガです。

通勤途中の事故やケガの事例には、急いで出勤しようとして事故を起こしたり、終電に間に合わせようと走って転んでケガをしたりなどがあります。

このような事例が多い理由には、不規則な時間に出退勤する人が多いことや、掛け持ちで働いているアルバイトやパートが多いことが関係していると考えられます。

通勤途中の事故やケガも労働災害の対象になるので、余裕を持って行動するよう普段から注意を促しましょう。

配達中の事故やケガ

外出自粛の影響により、バイクで配達をおこなう店舗が増えました。配達中に事故やケガに遭うと、アルバイトやパートでも労災保険の適用により一定の補償がされます。

車やバイクには、加入が義務付けられている自賠責保険があります。

しかし、人身事故の被害者救済の目的で作られているため、運転手の自損事故や死傷には保険金が支払われません。

運転手の事故やケガの補償をするには任意保険に入る必要があります。

相手があることなので、交通事故リスクはこちらがいくら注意していても完全に防ぐことは不可能です。

バイクや社有車を所有している企業であれば、任意保険に加入しましょう。

施設内での事故やケガ

従業員の店頭やバックヤードでの事故やケガのリスクにも備えておきましょう。

以下のような事例があり、もし企業に安全配慮義務違反があったと認められると損害賠償が発生することがあります。

  • 脚立からの転落事故
  • 搬入の際の台車での激突事故
  • 包丁やスライサーなどでのケガ
  • 圧縮陳列によりモノが落下してきてケガをする
  • フライヤーや火気の取り扱いによる火傷

「従業員」のリスクに必要な保険の種類と補償

保険の種類補償内容
業務災害総合保険労災事故が発生した時の見舞金や入院補償、死亡補償が受け取れる保険。事業者の訴訟対策に弁護士費用や損害賠償責任の補償が付いている。労災認定を待たずに保険金を支払ってもらえる。
経営者・役員だけでなく、社員、パート・アルバイト、下請作業員、派遣社員を補償対象にできる。病気や入院にも備えられるので、福利厚生の面でも心強い。
労働災害総合保険従業員が労働災害が原因で死亡した場合・後遺障害を被った場合・休業しなければならなくなった場合に保険金が支払われる。
従業員の被った障害などに対して、損害賠償責任が経営者や役員に発生した場合も保険金が支払われる。
保険金の支払いには政府の労災認定が必要。
総合事業者保険業務災害、雇用リスク、賠償責任、財産に関する必要な補償が、組み合わせ自由にまとめて契約できる保険。
病気や入院にも備えられるので、福利厚生の面でも心強い。

業務災害総合保険と労働災害総合保険は、政府の労災保険に上乗せして補償できる保険です。政府の労災認定が必要か否かが大きく違うポイントになります。

「財物」のリスクと法人保険

財物に関するリスクは、被害の大きさによっては営業停止につながるなど、経営に深刻なダメージを与えることがあります。

店舗や設備、商品の盗難・損壊リスク

高額な商品を盗まれたり、侵入窃盗の際に窓ガラスやドアを壊されたりするリスクがあります。盗まれた商品や被害額の大きさによっては、営業できなくなることもあります。

以下のグラフは、警察庁が公表している窃盗犯による被害と認知されている犯罪件数です。

(参照:警察庁「令和2年の刑法犯に関する統計資料」より作成)

防犯カメラなどによる防犯対策が普及してきているため、窃盗による被害総数は減ってきてはいます。

徐々に減っているとはいえ、2020年(R2)の交通事故が30万件だったのに対し、窃盗は年に40万件以上も起きていることから、依然としてリスクは高いと考えてよいでしょう。

特に防犯対策が不十分な店舗は狙われやすくなるので注意が必要です。

火災や自然災害による損壊のリスク

火災は、災害規模が大きくなるので対策が必要なリスクです。

最近では手指消毒剤としてアルコールを常設している所が多く、アルコールに引火する事例が報告されるなど火災リスクは高くなっています。

さらに油や火の元の不始末が原因で火事になると、自店舗の設備だけではなく来店客やテナントにも損害賠償が必要になることがあるでしょう。

損害賠償のほかに、復旧にかかる費用や営業停止による利益損失の発生も考えられます。

また、地震や台風などの自然災害は、店舗や設備に大きな被害が出ることがあります。

年々台風や集中豪雨による災害規模は大きくなっており、冠水や土砂災害はいつ起きてもおかしくはありません。

火災や自然災害は事業に与えるダメージが大きくなるので、法人保険の力も借りて綿密に対策しておくとよいでしょう。

「財物」のリスクに必要な保険の種類と補償

保険の種類補償内容
総合事業者保険業務災害、雇用リスク、賠償責任、財産に関する必要な補償が、組み合わせ自由にまとめて契約できる保険。
病気や入院にも備えられるので、福利厚生の面でも心強い。
企業財産保険自然災害や盗難、事故によって、法人の持ち物(建物や設備)に損害が出た場合に保険金が支払われる。(商品や製品は対象外)
財物損害補償、利益損失補償、営業継続費用補償を受けられる保険。オプションで水災や地震による損害補償を付けられる。

「利益減少」のリスクと法人保険

利益減少のリスクは、発生すると事業継続の危機に発展することもあるのでしっかり対策を取っておく必要があります。

休業による損失

休業しなければならない事例には、以下のようなものがあります。

  • 食中毒やノロウイルスが発生し保健所から休業命令が出る
  • 経営者が病気で入院
  • 非常事態宣言の発令

食中毒やノロウイルスの発生は風評被害にもつながり、営業を再開しても顧客が離れてしまって、信頼を回復するまでに時間がかる可能性もあります。

個人で経営しているようなお店では、経営者が病気で入院すると休業せざるを得なくなるでしょう。

そしてコロナ禍で発令された非常事態宣言のように、今後も想定外の理由で休業しなければならなくなることがあるかもしれません。

利益が得られないと事業の継続が難しくなってしまうので、休業リスクは小売業にとって死活問題です。

普段から資金を貯めておくことも重要ですが、法人保険で備えておくこともできます。

取引先の倒産による損失

取引先が倒産すると、売掛金などの債権回収ができなくなるリスクがあります。

売掛金を支払いに充てている企業は多く、取引先からの入金がストップすると支払いができなくなり、黒字であっても倒産の危険に陥ります。

中小企業は、1社が倒産するとお金の流れが止まってしまい次々に倒産する恐れがあり、自社が健全な経営状態であっても安心できるわけではありません。

「利益減少」のリスクに必要な保険の種類と補償

保険の種類補償内容
総合事業者保険業務災害、雇用リスク、賠償責任、財産に関する必要な補償が、組み合わせ自由にまとめて契約できる保険。
病気や入院にも備えられるので、福利厚生の面でも心強い。
企業財産保険自然災害や盗難、事故によって、法人の持ち物(建物や設備)に損害が出た場合に保険金が支払われる。(商品や製品は対象外)
財物損害補償、利益損失補償、営業継続費用補償を受けられる保険。オプションで水災や地震による損害補償を付けられる。
取引信用保険取引先の支払い遅延、不履行による損害が発生した際に、被害金額の一定額の範囲を補償する保険。
取引先が国や地方公共団体、海外、被保険者の関連会社などは対象外。

「賠償・危機管理」のリスクと法人保険

賠償や危機管理のリスクは、様々なケースのリスクがあります。想像力を働かせて危機管理の対策を立てられるかが、経営者としての手腕を問われるところでしょう。

施設内や店舗内でのケガや事故のリスク

多くの人が来店する店舗では、駐車場やエレベーター、エスカレーター、回転扉などでの事故やケガが想定できます。

施設内で起こった事故やケガに対して、施設管理者の責任が問われることがあります。

特に駐車場で起こる事故は以下のようなものがあり、損害が大きくはないものの発生する頻度が多いのが特長です。

  • 当て逃げ
  • 施設の壁やフェンスと接触
  • アクセルとブレーキの踏み間違えによる事故
  • 看板が強風で飛ばされて通行者にケガを負わせる、など

また店舗内では以下のような接触や転倒、衝突による事故が多いのが特徴です。

とりわけ高齢者は転倒するとケガの程度がひどくなるので、高額な賠償が必要になることがあります。

  • 水や油、ゴミに足を滑らせて来店客が転倒
  • 台車運搬中に来店客にぶつかり来店客が負傷

製造・販売した商品が原因で他人に損害を与える賠償リスク

製造した商品や販売した商品、おこなったサービスにより他人に損害を与えたとみなされる場合は、製造者にも販売者にも「生産物賠償責任」が発生します。

生産物賠償責任の対象には、以下のような事例があります。

  • 電気製品に欠陥があり購入者の家が火事になった
  • 製造した椅子に欠陥があり購入者が転倒し骨折
  • バランスボールを誤った使い方の紹介とともに販売し高齢者が骨折
  • 輸入販売した食品に欠陥があり購入したレストランで食中毒が起きた

製造物の欠陥が原因で利用者にケガや事故、財産に損害を与えた場合は、「製造業者」または「販売業者」が賠償しなければなりません。

自社で製造をおこなっていない販売店の場合でも賠償責任が認められることがあり、販売店が慰謝料の支払いを命じられたケースはいくつもあります。

そのため、小売業では「生産物責任保険(PL保険)」に加入しているところが多いです。

サイバー攻撃を受けるリスク

サイバー攻撃とは、パソコンやデータサーバなどのシステムに対してネットワークからデータを盗まれたり壊されたり、書き換えられたりすることです。

小売業でも人材不足解消のため、タブレットや労務管理システムなどのデジタル化を進めているところは多く、サイバー攻撃のリスクが高くなっています。

以下の警察庁の発表したグラフによると、サイバー犯罪の検挙数が毎年増えており、ひとごとではなくなっていることが分かります。

(画像引用:警察庁「令和2年の犯罪情勢 長官官房」

サイバー攻撃の対象は大手企業や官公庁と考えている人が多いですが、実は中小企業を狙ってくるケースはとても多いのです。

インターネット上の個人情報のみならず、IoT機器(インターネットにつながっている家電)への不審なアクセスも増加傾向にあり、狙われる対象が拡大しています。

顧客の個人情報漏えいのリスク

個人情報漏えいが起きてしまった場合は、被害者への損害賠償が必要になります。

賠償額が高額になることもあり、一度発生させてしまうと経営に大きなダメージを与える可能性があります。

個人情報が漏えいしてしまう原因は以下の通りです。

  • パソコンの誤操作
  • (パソコンや紙媒体の)紛失や置き忘れ
  • 不正アクセス
  • 管理ミス、管理不行き届き

個人情報漏えいは、サイバー攻撃の1種でもある不正アクセスが主な原因と思われがちですが、人的ミスにより起こるケースは意外と多いのです。

そのため社内の機密情報取り扱いルールをしっかり作り、管理を強化する必要があります。

不正アクセスに対しても、セキュリティを強化するなどの対策は必要です。

小売業の不正アクセスにより個人情報が漏えいした件数は、以下のグラフが示す通りサービス・インフラ業と並んで最も多いことが分かります。

(参照:PR TIMES「〜不正アクセスの被害事案が最も多かった業界は「サービス・インフラ」、「小売」〜不正アクセスによる個人情報漏洩事案に関する調査レポート【2021年版】を発表」

外部からの悪意ある攻撃を完全に防ぐのは難しく、こちらがいくらセキュリティ対策をおこなっていても発生してしまうリスクは生じます。

サイバー攻撃を受けた際に、損害賠償や対応に必要な費用の補償が受けられる法人保険があるので、備えとして検討してみてください。

長時間労働による従業員のうつ病や過労死の賠償リスク

長時間労働やパワハラなどによって、従業員がうつ病の発症や過労死に至ってしまうことがあります。

厚生労働省では以下のように過労死を定義しています。

「過労死等」とは、過労死等防止対策推進法第2条において、「業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害をいう。」と定義されています。

(参照:厚生労働省「令和2年度「過労死等の労災補償状況」を公表します」

以下の画像は、令和2年度の過労死等に関する業種別に見た労災請求件数です。「卸売業・小売業」は、医療・福祉、製造業に次いで3番目に請求件数が多くなっています。

(参照:厚生労働省「令和2年度「過労死等の労災補償状況」を公表します」より独自に作成)

小売業では正規雇用者よりも非正規雇用者の方が多く、人手不足で休日も少なく長時間労働になりがちです。身体的な負担だけでなくうつ病などの精神疾患を患うことがあり、最悪の場合は自殺してしまう例もあります。

労災と認められた場合の損害賠償は高額になりやすく、裁判になると多額の費用も発生するので、一度の発生で企業が潰れる可能性もあります。

「賠償・危機管理」のリスクに必要な保険の種類と補償

保険の種類補償内容
事業賠償・費用総合保険国内賠償、海外賠償、生産物品質補償をまとめて契約できる保険。国内・海外賠償では、事故解決にかかる費用(争訟費用、被害者治療費など)、生産物品質補償ではリコールにかかる費用などを補償する。
事業ごとに異なる賠償リスクに合わせてプランを立てられる。
総合事業者保険業務災害、雇用リスク、賠償責任、財産に関する必要な補償が、組み合わせ自由にまとめて契約できる保険。
病気や入院にも備えられるので、福利厚生の面でも心強い。
マネジメントリスクプロテクション保険経営者や役員のあらゆる訴訟リスクの損害賠償金や争訟費用を補償する保険。
施設賠償責任保険企業が保有・管理する事業用施設の中で、第3者にケガを負わせた場合、または第3者の財物を損壊してしまった際に賠償金や争訟費用を補償する保険。
生産物責任保険(PL保険)製造・販売した製品またはサービスが原因で第3者の健康を害したり、財物を損壊した場合の損害賠償金や争訟費用を補償する保険。
個人情報漏洩保険個人情報の漏えいが起きたときに、対応を相談し実行するためにかかる費用や賠償金、争訟費用を補償する保険。
CyberEdge2.0サイバー攻撃による損害のリスク(個人情報漏えいのほか、なりすましによる不正利用、サービス停止など)をまとめて補償する保険。
賠償責任、危機管理対応費、臨時の対応費用、サイバー犯罪による損害などに保険金が支払われる。
事業総合賠償責任保険第3者への多様な賠償リスクを1年間まとめて補償する保険。
業務遂行・施設リスク、生産物・完成作業リスク、純粋財物使用不能リスク、人格権侵害・宣伝障害リスクを補償し、業種別に必要なリスクに合わせてプラン作りができる。

まとめ

小売業の抱えるリスクとおすすめの法人保険を紹介してきました。

事業には来店客も含めて不特定多数の人が関わるため、様々なリスクを包括しています。

とりわけ小売業では販売する商品がリスクになってしまうことがあり、生産物責任保険は重要な法人保険です。

また、人材不足を解消するためにデジタル化を進めているところも多いですが、そのデジタル化にはサイバー攻撃のリスクがあります。

今後はさらにサイバー攻撃のリスクは高くなると予想されるので、しっかりとリスク対策をおこなっておく必要があるでしょう。

今回ご紹介したリスクを参考に、小売業の経営者の方はぜひ法人保険の検討や見直しをしてみてください。